東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)186号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 第一引用例には、審決認定の技術内容が記載されていること、及び本願第一発明と第一引用例記載の発明との一致点、相違点が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがなく、複雑な形状のセラミツク製品を得るための従来公知の製造方法として、セラミツク等の無機質粉末に有機質の樹脂を加え、流動性のスラリーとして金型内に射出する射出成形法があり、この方法では射出成形した後成形体より有機質の樹脂を仮焼(加熱除去)して、次に焼成を行つて焼結体を得ること、本願第一発明も第一引用例記載の発明も従来公知の右射出成形法を前提とし、これを改良する点において共通していることは、原告の認めて争わないところである。
原告は、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例記載の発明とは解決すべき技術的課題(目的)を異にし、後者には前者の技術的課題は存しないから、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて本願第一発明と第一引用例記載の発明との相違点に係る構成である「表面をゴム皮膜にて被覆し、成形体を五t/cm2以上の静水圧により加圧して仮焼によつて成形体内に生成された空隙を圧潰した後」一四〇〇度c以上にて焼結することにより高密度焼結体を製造する構成を得ることは当業者が容易になし得ることではない旨主張する。
成立に争いのない甲第二号証によれば、本願第一発明は、前記射出成形法においては、スラリーの流動性を保つために添加する合成樹脂量が多く、必然的に焼結体の中に気孔を多くもたらし、緻密な焼結体を得ることは難かしかつたとの知見に基づき、これを改良し複雑な形状で緻密な焼結体を得ることを技術的課題(目的)としてなされたものであつて、この目的を達成するために特許請求の範囲1(本願第一発明の要旨)記載の構成を採用した(本願公報第三欄第七行ないし第二二行)ものと認められる。
一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載の発明は、従来公知の前記射出成形法においては、セラミツクの射出成形を容易にするために有機物バインダー材料を加えるが、最終セラミツク製品とするための焼成工程及び又は焼成工程前段の脱脂工程(射出成形後の成形体から有機物バインダー材料を加熱除去する工程)において有機物バインダー材料がセラミツク混合物中に多いと成形体において変形、発泡、亀裂、崩壊等を生ずるとの知見に基づいて、右有機物バインダー材料の分解(脱脂)における加熱処理時間を低減し得る脱脂方法を提供すること、及び有機物バインダー材料の添加量を比較的多くしても焼成及び又は脱脂時に成形体の変形、発泡、亀裂、崩壊等を生ずる可能性を低減した脱脂方法を提供することを目的とし(第二頁左上欄第六行ないし右上欄第一八行)、審決認定の技術内容を開示しているものと認められる。
右認定事実によれば、第一引用例には前記射出成形法においては焼結体中に気孔を多くもたらし緻密な焼結体を得ることが難かしいとの知見及びこれを解決することを技術的課題とすることについての明示的な記載は存しない。
しかしながら、無機質粉末を焼結して高密度焼結体を製造するためには、焼結前に空隙の少ない高密度な成形体を製造することが必須の要件であることが本件出願前当業者に普通に知られていたことは当事者間に争いがないから、焼結体に形成される気孔(空隙)を少なくして高密度な成形体を製造するという本願第一発明の前記技術的課題は、本件出願当時当業者であれば当然取り組むべき技術的課題であつて格別新規なものではない。したがつて、従来公知の前記射出成形法の改良において本願第一発明と共通する第一引用例記載の発明に基づいて、さらに右技術的課題の解決のための改良工夫を意図することが当業者にとつて格別困難であるということはできない。
そして、第二引用例には、仮成形した陶磁器素体の全表面にゴム又は合成樹脂等の弾性皮膜を形成し、これを液密に被覆した後液中に浸漬してその全表面に均等の圧力を加えて成形する陶磁器素体の成形法が記載されていること、第二引用例記載の陶磁器素体の成形法が静水圧成形法といわれるものであることは当事者間に争いがない。また、焼結体の製造において静水圧成形法を用いれば高い圧力で理想的な密度に近いものができ、かつ複雑な形状の物品が成形できること、静水圧成形法において静水圧の値を五t/cm2以上とすることは、いずれも本件出願前普通に知られていたことも当事者間に争いがない。
そうであれば、第一引用例記載の発明において、複雑な形状で緻密な高密度焼結体を得ることを意図し、このような焼結体を得る上で必要な、焼成前に空隙の少ない高密度の成形体を得る技術である第二引用例記載の静水圧成形法を予備成形した成形体に適用し、本願第一発明と第一引用例記載の発明との相違点に係る構成、すなわち、「表面をゴム皮膜にて被覆し、成形体を五t/cm2以上の静水圧により加圧して仮焼によつて成形体内に生成した空隙を圧潰した後」一四〇〇度c以上にて焼結することにより高密度焼結体を製造する構成を着想することは、当業者として容易になし得ることというべきである。
原告は、本願第一発明と第二引用例記載の発明とはその技術的課題(目的)を異にする旨主張し、その理由として、原料、成形法、最終製品の相違を挙げている。
前掲甲第四号証によれば、第二引用例記載の発明において、陶磁器素体の原料として坏土が用いられる旨記載されていることが認められるが、陶磁器はセラミツク製品であり、陶磁器素体は焼成することによつて陶磁器すなわちセラミツク製品となること、坏土とは通常セラミツク製品をつくるために調製された粉体状材料又は混合物を意味することは、いずれも技術常識であり、また、前掲甲第二号証によれば、本願第一発明における無機質粉末にはセラミツク粉末が含まれること(本願公報第三欄第二七行ないし第三〇行)が認められることに照らすと、第二引用例記載の発明における原料は本願第一発明及び第一引用例記載の発明の原料である無機質材料と実質上異ならないから、この点が第二引用例記載の技術を第一引用例記載の発明に適用する妨げとなるものではない。また、本願第一発明の要旨においては、金型内に射出する射出成形法に関する限定はなく、一方前掲甲第四号証によれば、第二引用例には、成形法として「プレス成形或は流込成形、押出成形等により一旦陶磁器素体を成形するものである」(右欄第二行、第三行)と記載されていることが認められ、その成形法に限定はないから、成形法の種類の差により第一引用例記載の発明において第二引用例記載の静水圧成形法の適用が制限される理由はない。さらに、第一引用例記載の発明において、第二引用例記載の前記技術を適用すれば高密度焼結体が生成されることが当業者に容易に想到し得ることは前述のとおりであつて、本願第一発明と第二引用例記載の発明における最終製品の相違は右認定を左右するものではない。したがつて、原告の前記主張は理由がない。
また、原告は、第二引用例記載の発明における仮成形は、これに続く成形物各部に一様の圧力を加える静水圧プレス工程に供する仮成形物を得るために行われるものであつて、本願第一発明のように仮焼によつて有機物を除去するためのものでなく、第二引用例には成形体内の空隙を圧潰することの記載は全く見当たらない旨主張する。
しかしながら、第二引用例記載の発明における原料が本願第一発明の原料である無機質材料と実質上異ならないことは前述のとおりであり、また、焼成体の成形性を高めるために有機質の樹脂を加えること及び仮焼によつてこれを加熱除去することは第一引用例に示されているところであるから、第二引用例記載の技術を第一引用例記載の発明に適用するに際し有機質の樹脂の有無が妨げとなるものではない。また、前掲甲第四号証によれば、第二引用例には、「第二工程に於ては第一工程による仮成形物を(「仮成形物と」は「仮成形物を」の誤記と認める。)乾燥後、必要に応じて真空中にて脱気した後(中略)第三工程に於て(中略)液槽中に於て所要の液圧を加え、所望の形状寸法に加圧するものである。(中略)第三工程に於ける加圧もゴム皮膜を介して液中にて成形物各部に一様の圧力を加えるものであるから、各部分の締りは一様であり、焼成時、亀裂、歪、焼むら等欠点のない陶磁器を製造することが出来る」(右欄第七行ないし第二二行)と記載されていることが認められ、右記載事項によれば、仮成形物は液槽中の液圧により所望の形状寸法に加圧され、一様の加圧により各部の締りが一様とされるから、真空中脱気の有無を問わずこの液圧により圧縮され密度が高くなることが明らかであり、これは主としてその中の空隙の圧潰によると推認できる。そして、第二引用例記載の発明において、各部の締りが一様で亀裂、歪、焼むら等の欠点のない焼結体である陶磁器は、強度のある密度の高い焼結体を意味することはその技術内容からみて自明であるから、第二引用例記載の発明の目的はこのような高密度の焼結体を得ることにあり、本願第一発明の目的と軌を一にするものである。したがつて、原告の前記主張は理由がない。
2 前掲甲第二号証によれば、本願第一発明は、その要旨とする構成により、複雑な形状の成形体を作ることができ、仮焼後の成形体の強度を高め、その取扱いを容易にし、かつ嵩密度、抗圧力が高い緻密な焼結体を得るという作用効果を奏するものと認められる。
しかしながら、第二引用例記載の発明における陶磁器素体の成形法が静水圧成形法といわれるものであり、静水圧成形法によれば、高い圧力で理想的密度に近いものができること、及び複雑な形状の物品が成形できることが本件出願前当業者に普通に知られていたことは前記1のとおりであるから、本願第一発明の前記認定の作用効果は、第一引用例記載の発明において、高密度焼結体を得ることを意図し、これに静水圧成形法である第二引用例記載の技術を適用するに際し、当然予測し得ることにすぎない。
前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、二つの実施例について比較例と対比し本願第一発明の奏する作用効果が優れたものであることを示す記載が存するが、右比較例はいずれも静水圧成形法を適用しないものであるから、これをもつて第一引用例記載の発明に第二引用例記載の前記技術を適用したことによつて予測される作用効果を越えたものということはできない。
3 以上のとおりであつて、本願第一発明と第一引用例記載の発明との相違点について、第一引用例記載の発明において、第二引用例記載の技術を応用して、表面をゴム皮膜にて被覆し、成形体を五t/cm2以上の静水圧により加圧して仮焼によつて成形体に生成された空隙を圧潰した後、焼結することにより高密度焼結体を製造するという程度のことは当業者が容易になし得ることであり、本願第一発明により格別顕著な効果を奏したとは認められない、とした審決の認定、判断に誤りはないから、審決に原告主張の違法は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 無機質粉末に成形性を高めるため一〇体積%以上の有機質の樹脂を加えて予備成形した成形体を、八〇〇度c以下にて仮焼して先に加えた有機質の樹脂を除去せしめた後、表面をゴム皮膜にて被覆し、該成形体を五t/cm2以上の静水圧により加圧して前記の仮焼によつて成形体内に生成された空隙を圧潰した後、一四〇〇度c以上にて焼結することを特徴とする高密度焼結体の製造法(以下「本願第一発明」という。)
2 無機質粉末に成形性を高めるため一〇体積%以上の有機質の樹脂を加えて予備成形した成形体を複数個用意し、八〇〇度c以下にて仮焼して前記有機質の樹脂を除去せしめた後、これらの成形体を所望の部位において結合して一体とした後、表面をゴム皮膜にて被覆し、前記の仮焼によつて一体化した成形体内に生成された空隙を圧潰した後、一四〇〇度c以上にて焼結することを特徴とする高密度焼結体の製造法(以下「本願第二発明」という。)